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ホームページ作成のきっかけ
シンガポールには、1999年の1月にやって来ました。シンガポールに引越す前に住んでいたカリフォルニアでは、ハイキングやサッカーやローラーホッケー等のアウトドアスポーツに勤しんでいた私達夫婦にとって、最初の頃はつらい事も多かったです。代わりになる趣味を見つけようとがんばりましたが、なかなか見つからりませんでした。会社の同僚に聞くと、人気のアクティビティは、食べること、テレビ見ること、そしてコンピュータで遊ぶことでした。
アウトドアの好きな私達にとって、ちょっとつらい境遇ですが、郷に入っては郷に従えということで、ホームーページの作り方を勉強して、シンガポールの紹介や私達の暮らしぶりを、友達や家族のみんなに伝えることにしました。
ホームページを作り出してから、自然とシンガポールに対する興味心も深まりました。同僚に私がシンガポールを紹介するホームページを作っているから、ちょっと教えてとお願いすると、本当に嬉しそうにいろいろと教えてくれるのです。シンガポールの事が好きになる、きっかけとなったと言っても過言ではありません。
また、シンガポール在住の日本人の方々のホームページを拝見したり、いろいろなホームページの掲示板等を通して知り合った方々にも、いろいろご意見いただき、私のホームページをいろいろな人にみてもらいたいなあと思うようになりました。
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自然がいっぱいのカリフォルニアの家の前で、3匹の犬と私(正美)と主人(ウェス)。近所の人全員が それぞれサッカー場約10個分の土地を持っているので、シカが 現れたり、ガラガラへび騒ぎがあったりと、都会の生活から はまったくかけ離れたのどかな生活を4年間過ごしました。 左の2匹の犬は近所の人に引き取ってもらい、右の犬はウェスのお母さんが面倒をみています。 |
シンガポールにたどりつくまで
子供の頃から、引越しは私の人生にとって切っても切り離せないものでした。父親の仕事の転勤で、埼玉県富士見市から岩手県盛岡市、そして兵庫県姫路市に引越しました。私が中学2年の夏に、再び埼玉県富士見市に引越し、私の引越し歴はこれで落ち着くかの様にみえました。
短大卒業後に就職した会社で、主人と出会いました。出会って2年後には結婚し、1年後にはひょんな事から、カリフォルニアのサクラメント郊外の会社から主人に仕事の話が持ち上がり、思い切って東京都品川区の小さなアパートを引き払って、私にとっては未知の国アメリカに引越すことにしました。
アメリカに引越ししてから、念願の大学留学を果たしました。東京での最初の勤務先の会社で情報システム部に配属されてから、プログラマーやシステムアナリストとしての仕事をする機会を与えられ、コンピュータの世界に興味を持ち、大学ではコンピューターサイエンスを専攻しました。アメリカの大学は厳しいとは聞いていましたが、想像以上の厳しさで、毎日夜中まで仲間とラボに入り浸り、宿題にとりかかった思い出があります。
自然の豊かな北カリフォルニアの生活を楽しみましたが、やはりホームシックにかかったこともあります。ようやく住み心地が良くなり、自分達の生活の拠点と思えるようになった頃、主人の仕事の都合で3ヶ月間、オーストラリア・シドニーで過ごす事になりました。私は、学校から3ヶ月休みを取りました。
3ヶ月間の短い期間でしたが、アメリカでは経験しなかった、アジア人に対する人種差別を肌で感じる経験をし、かなり私にとっては衝撃的な出来事でした。このシドニー滞在中に沸き上がった、シンガポールへの長期駐在の話が現実となり、1999年の1月に熱帯の近代都市の住民となったのです。
英語版のページについて
英語版のページは、私が英語に訳したものをアメリカ人の主人に添削してもらっているか、あるいは彼に直接英語で書いてもらっています。